
新規事業アイデアの領域選定:経営層や事務局はどこまで関与すべき?
2024年01月18日
新規事業開発において、アイデアの領域をどの程度指定する、制限を与えるかというのは、経営層や事務局にとって非常に頭の痛い課題です。制限を与えるということは、可能性を狭めることに繋がりそうである、という損失回避バイアスが働きます。一方で、制限を与えない場合は自社の事業領域やケイパビリティと関係ないアイデアが生まれてしまい、その良し悪しの判断が難しく、事業化する場合に肌感がなくて稚拙な事業開発になるというリスクがあります。また、仮に領域の指定や制限を課すとしても、具体的にどのような指定や制限が適切なのか判断が難しいです。
ほとんどの新規事業開発において、制限を課すべき
結論、アイデアの検討範囲においては明確な制限を課すべきケースがほとんどです。
新規事業開発においては、プロジェクトメンバーはもちろん、事務局も、さらには経営層も、おそらく全員が「素人」です。結果、社内で新規事業開発のスキルが高まっておらず、結果も出ていないことがほとんどです。そうなると、自分たちの肌感のない領域におけるビジネスアイデアは、良し悪しの判断ができず、適切ではないビジネスアイデアに対して貴重なリソースを割いてしまうことがあります。
こうした事態を避けるため、まずは検討範囲に制限を課すことで、成功体験を積むとともに社内の経験値を蓄積していった方が結果的に近道になります。
まず育つべきは「事務局」
ではどこに経験値を積ませるかというと、最も重要なのが「事務局」です。「うちの会社はアイデアが出ない、その後の仮説検証も遅い、質が低い」と嘆く事務局の方をお見かけしますが、プロジェクトメンバーが力を発揮できるかどうかは、事務局の影響を非常に大きく受けます。どういったビジネスアイデアが自社にとって良いのか、悪いのか。いま検証すべき項目は何か。どのように検証するか。検証した結果の学びは何か。プロジェクトメンバーは全てが初めてのことなので、どうしても遠回りしがちです。複数プロジェクトを横断的に観察し、関与できる事務局こそが適切なサポートができる唯一の存在です。事務局が育つことで、会社の新規事業開発力が底上げされます。
組織の学習能力=資産
新規事業とは失敗の連続です。通常の業務であれば、10個やったら9個成功するでしょうが、新規事業においては1個成功すれば御の字。業務時間のほとんどを失敗のために費やしていると言えます。では、失敗した9個の施策は無駄になったのでしょうか?もちろんそうではありません。失敗は、組織が学習するために必要な投資であり、投資した結果は資産として積み上がっていくと捉えるべきでしょう。
しかし、その資産はもちろん目に見えません。そして、どこに蓄積されていくものかと言えば、「人」に蓄積されます。9個の失敗を、当事者である1人が学ぶのか、組織として学ぶのかは、その組織の成長力を大きく変えることになるでしょう。
こういった側面からも、各プロジェクトの成功、失敗を、当事者であるプロジェクトメンバーだけでなく、事務局が伴走者として共に学ぶことが非常に重要であると言えます。
具体的な制限のための第一歩
事務局が十分に育つまでは、検討対象とするビジネスアイデアに制限が必要だということをお話ししてきました。それでは、具体的にどのような制限が適切でしょうか。「これ」という答えはありませんが、検討材料となるものを共有します。
会社の戦略・方針の一部を用いる
まずは会社の戦略や方針に寄り添うことからスタートしましょう。具体的には、会社の戦略や方針を下記3つの軸で整理し、そのうち1つか2つの軸を、新規事業開発における制限として利用してください。

その際、全く同じように転用する必要はありません。例えば「何を:社会インフラの安定性」という会社のビジョンがあったとして、抽象度を上げて「持続可能な社会」「未来世代のための安全」のようにしてもいいかもしれませんし、逆に具体度を上げて「災害に強い公共交通システム」「水道・電力網のスマート技術のセキュリティ」のようにしてもいいかもしれません。多くの場合、会社のビジョンがそもそも抽象度が高いので、新規事業開発としては具体度を上げた方が進めやすいでしょう。
なぜ全て用いないか
会社のビジョンやミッションをそのまま用いてはいけないのかというと、「いけなくはありませんが、避けた方が良い」という答えになります。そのまま用いてしまうと、発想が既存事業から抜け出せなくなります。ともすれば、「そのアイデアは既存事業部からやるべき」となってしまい、新規事業に必要なワクワク感、高揚感が削がれてしまうことになります。
おすすめは「市場・顧客」と「技術・ソリューション」
新規事業を検討する上では、常々「技術・ソリューション」が先行してしまいます。新規事業の経験がない人にアイデアを求めると、ターゲットと課題の話をすっ飛ばしてソリューションの話になります。しかし、一番重要なのは「誰の」課題を解決するのか、という点です。実はここがシャープになっていけば、自ずと課題も明確になります(実務的にはターゲットをシャープにするためには課題をシャープにする必要があり、課題がシャープになるとターゲットがシャープになる、という相互作用です)。そのため、新規事業開発においても、会社と同じターゲットを設定することをおすすめします。
しかし、これは「既存顧客に対してサービスを提供する」という意味ではありません。ビジョンとして設定されている、抽象度の高い「Who」があるはずです。その抽象度で同一であれば構いませんし、逆に既存顧客に焦点を当てることは避けた方が良いでしょう。
続いて、技術・ソリューションです。技術・ソリューションを会社のビジョンと合致させることは、企業にとって、スタートアップや後発競合に対して「アンフェアアドバンテージ」を作るための重要な要素になります(アンフェアアドバンテージの作り方は他にもあります)。わかりやすく社内の合意形成を得やすいというおまけもついてきます。
ミッション・ビジョンを策定する
上記の工程を経て、ある程度の制限を課すことができたら、新規事業開発のチーム、部署単位でミッション・ビジョンを策定しましょう。これは本当に重要な作業で、実は経営層が最も強く求めている部分でもあります。経営層も自社の新規事業開発チームを通じて、ワクワクしたい、未来に希望を持ちたい、と強く願っているのだから、事務局はその期待に応える必要がある、と言うことです。これがあるとないとでは、担当役員の気ノリの程度も大きく変わってくるはずです。
まずは具体的に仕上げる
最初からキャッチコピーとしての耳障りの良さを求めて、過剰に「それっぽく」作ってしまうことがあります。気をつけましょう。おすすめなのは、過剰なくらい定量的に、具体的に、実直に自分たちの役割を整理することです。例えば「現在の会社の売上の10%に相当する30億円を10年で実現する。そのためには売上15億円の事業を2つ生み出す。売上15億円はグロース市場の企業の中央値に近く、社内で2社上場を生み出すくらいの成果である。事業化したプロジェクトの1割が順調に成長すると仮定すると、20の事業化プロジェクトが必要になる。年に最低5つは事業化するプロジェクトを生み出し、4年間で累計20個を達成する。」のようにひたすら数値を積み重ねていきます。キャッチコピーとして仕上げるのはその後にしましょう。
ここまで進めると、プロジェクト側でもアイデアを出しやすくなります。また、取り組みと共に事務局が成長していけば、会社全体のレベルが上がっていきますし、ミッション・ビジョンを策定することで経営層をはじめメンバーも巻き込まれて熱量が上がっていくでしょう。